窪島誠一郎の病気は乾癬皮膚病!無言館運営の努力と信念に感涙

毎年感動的なドラマを届けてくれる24時間テレビですが、今年は「無言館」という美術館を立ち上げるために奔走した窪島誠一郎さんをモデルにした物語です。

「無言館」を作った窪島誠一郎さんをご存じですか?

恥ずかしながら私は24時間テレビの予告で初めて知りました。どのような方なのかと、調べてみると、

窪島誠一郎さんは「乾癬」という皮膚病に苦しんでいたことを知りました。

「乾癬」は聞いたことあるけれど、実際どういう症状なんでしょう。

乾癬についてと窪島誠一郎さんの発症のきっかけを調査しました。

今年の24時間テレビのドラマのモデルは窪島一郎さん。
「乾癬」が持病らしいけど、実際どんな症状なの?

\この記事を読んでわかること/
  • 24時間テレビのドラマのモデル窪島誠一郎さんについて
  • 窪島誠一郎さんの持病は乾癬
  • 乾癬発病のきっかけ
目次

無言館を運営する窪島誠一郎が24時間ドラマのモデルに

今回のドラマのモデル窪島誠一郎さんは作家水上勉を父に持つ作家・美術評論家・美術館館主です。

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長野県上田市で美術館を営む窪島誠一郎は画家の野見山から「戦争で命を落とした美術学校時代の仲間の絵を展示してほしい」と頼まれます。
最初は難色をしめした窪島でしたが、ある絵に目を奪われます。
それは”普通の絵”ですが、「絵を描きたい!」という気持ちがあふれ出た絵でした。
その絵に心を奪われた窪島は戦没学生の絵を集めて、新たな美術館を設立することを決心します。しかし、それは自らを苦悩させ、建設費問題や周囲からの非難など困難を極めた茨の道だったのです。

無言館は1997年に開館されました。今から25年前というと昭和が終わり、時代は平成になり、日本は戦争とは程遠い生活をしていました。

そんな中、戦争で亡くなった方々の描いた絵を集めるのは、大変困難な道程だったと思います。

戦没画学生の遺族を訪ね、彼らの残した数少ない作品を探し歩く軌跡が書かれた本です。

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窪島誠一郎の病気は皮膚病の乾癬

窪島誠一郎さんを苦しめていたのは皮膚病の「乾癬」です。

乾癬とはどんな病気?

国内患者は少なくありませんが、あまり人に知られていない難病「乾癬」とはどういった病気なのでしょう。

乾癬(かんせん)は、1つまたは複数の盛り上がった赤い斑が生じる、再発を繰り返す慢性の病気で、それらの斑は銀白色の鱗屑(うろこ状のくず)を伴い、正常な皮膚との境界ははっきりしています。 免疫系の問題が関わっている可能性があり、遺伝的に乾癬を生じやすい人もいます。

引用:乾癬 – 17. 皮膚の病気 – MSDマニュアル家庭版

乾癬の具体的な症状

皮膚の病気である乾癬ですが実際にはどのような症状で悩まされるのでしょうか。

具体的な症状については以下が挙げられています。

  • 手足やお尻周りの症状がひどいため、足が見えるスカートがはけなくなった。
  • 皮膚の状態をみてマッサージを断れたこともあった。
  • 乾癬を知らない人からは落屑(らくせつ;乾いた皮膚がフケのようにボロボロと剥がれ落ちること)がフケのように見られるので、人目を気にするようになった。
  • 乾癬を知らない人から「とびひ(伝染性膿痂疹)なのに、温泉なんて」と言われ、温泉に入れなくなった。

命にかかわりませんが、外見で判断され、日常生活に支障をきたすので相当ストレスの多い病気だといえます。

窪島誠一郎さんは皮膚がフケのように剥がれ落ちるので、忙しさのあまりお風呂にも入ってないのでは?と誤解されることもあったそうです。

窪島誠一郎さんは長い間、この病気に苦しめられていました。

この病気の苦しさとの付き合いについて「かいかい日記「乾癬」と「無言館」と「私」」に詳しく書いてあります。

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病気の原因はストレス?発症は無言館設立の時

窪島誠一郎さんを悩ませていた乾癬はなぜ発症してしまったのでしょうか。

一般的な発症要因と窪島誠一郎さんが発症した時期について考えていきます。

乾癬の一般的な発症要因

乾癬の原因ははっきりとはわかりませんが、乾癬は遺伝的要因に様々な要因が加わり、発病するといわれています。

Q3乾癬の原因は何ですか? まだ完全にはわかっていませんが、乾癬になりやすい遺伝的素因があることは解っています。 遺伝的素因に様々な環境因子(不規則な生活や食事、ストレス、肥満、感染症、特殊な薬剤など)が加わると発症すると言われています

引用 https://www.dermatol.or.jp ›

発症の要因は無言館設立の苦悩

窪島雄一郎さんが乾癬を発症したストレスの要因は何だったのでしょうか。

「無言館」設立により過大な期待にさらされたのがストレスとなり、発症のきっかけの一つになったのかもしれません。

1997年といえば、バブル崩壊後、不景気が続き、山一証券が自主廃業をしたのが大きなニュースになった年です。もはや戦後という言葉が消え去ろうとしていた時代です。

そんな時代に戦没画学生の絵を集めて美術館を作ろうとしたのですから、平和の旗手、反戦主義として見られるのも無理はないと思います。

ですが、窪島誠一郎さんはインタビューでこのように答えています。

希いが通じて「無言館」が開館したのが1997年5月、建設費の半分は全国から寄せられた浄財でまかなわれたが、あとの半分は私の名義で銀行から借金をしたために、何となく私が館主ということになったのだが、戦死した仲間一人一人の顔を思いうかべることのできる野見山さんにくらべて、わたしは戦争の「セ」の字も知らずに育った戦後の商売男だったから、「無言館」の受付にすわっていても落ち着かなかった。

「無言館」が評判になるにつれて、あちこちのマスコミの前にひっぱりだされて「平和」だとか「戦争」だとかを語らねばならないときには身がちぢんだ。

引用 http://kar-na.la.coocan.jp/newpage39-1.html

絵を集める苦労、建築費を集める苦労、そしてなによりいたたまれない気持ちが一番のストレスだったのかもしれませんね。

内省的で謙虚な方だからこそ、苦悩も深く、ストレスも大きくなり、体に現れたのかもしれませんね。

まとめ

無言館を設立した窪島誠一郎さんは「乾癬」という皮膚病に苦しめられていました。

発病の原因ははっきりとはわかりませんが、無言館を開館した際に「平和の旗手」として祭り上げられたことがストレスとなり、発病のきっかけの一つになったのかもしれません。

そして乾癬という手ごわい病気と闘いながら、無言館を維持していくのは困難を極めたと思います。

24時間テレビでドラマを見て、窪島誠一郎さんに思いを馳せながら、「無言館」にぜひ一度足を運んでみてはいかがしょうか。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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