稲盛和夫の死因は病状の悪化?生い立ちエピソードから経歴まとめ

京セラの創業者で名誉会長の稲盛和夫(いなもりかずお)さんが、2022年8月24日に京都のご自宅で亡くなられたというニュースが流れました。

稲盛和夫さんは、京セラの他、第二電電(現KDDI)の設立、日本航空の経営再建を成功させるなどの功績で「経営の神様」とも呼ばれていましたよね。

そんな稲盛和夫さんの死因は老衰ということですが、なにか病気があったのではとも言われています。

稲盛和夫さんの死因やこれまでの経歴などを調査してみました。

稲盛和夫の死因は病気が悪化?
稲盛和夫の生い立ちは?

\この記事を読んでわかること/
  • 稲盛和夫の死因や過去の病気について
  • 稲盛和夫の生い立ちや経歴について
目次

稲盛和夫の死因は老衰

電子部品メーカー京セラの創業者で名誉会長を務めていた稲盛和夫さんが自宅で亡くなられたというニュースが流れました。

2022年8月24日に、京都府にある稲盛さんのご自宅で亡くなったということです。

稲盛さんの年齢は90歳で、死因は老衰だったと報じられています。

稲盛和夫さんの死因は「老衰」

近年では、激やせした姿を見せることもあり「何か病気にかかっているのでは」と心配する声が多数あったようなんです。

稲盛さんは過去に大きな病気を患ったこともあり、その再発も心配されていました。

様々な功績を残されている方でもあるので、突然の訃報に驚かれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

本当に残念ですよね…

稲盛和夫さんのご冥福をお祈り申し上げます。

稲盛和夫は過去に病歴があった

稲盛和夫さんの死因は「老衰」だとニュースで伝えられていました。

前述にもありますが、過去には大きな病気を患っていたこともあったそうです。

進行性の胃ガンが見つかる

稲盛さんが65歳の時に受けた健康診断で、胃ガンが見つかったそうなんです。

この手術で、胃の半分以上を切除することになったと言います。

その後の経過は順調だったようで、ガンが再発したという情報はありませんでした。

以上のこともあり、稲盛さんの死因が病気の再発だったのではないかと言われていたのかもしれませんね。

また、稲盛さんは少年の頃に初期の結核にかかってしまったこともあったそうです。

初期の「結核」を患う

病気で臥せっているときに読んだ「生命の実相(谷口雅春さん著)」に刺激を受けたそうで、病気を引き寄せたのは自分の心だったんだと思い知らされたそうです。

そして、これからは自分の振る舞いを正し、考え方を変えようと誓ったと言います。

このエピソードは、稲盛和夫さんの著書「生き方」にも書かれているそうですよ(^^

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稲盛和夫の生い立ちや経歴

稲盛和夫さんのプロフィールや生い立ち、経歴などについてご紹介しますね。

プロフィール・生い立ち

【名前】稲盛 和夫(いなもり かずお)

【生年月日】1932年1月21日(90歳)
※戸籍上は1月30日

【出身地】鹿児島県鹿児島市

【職業】実業家
京セラ・第二電電(現在はKDDI)の創設者

稲盛さんは鹿児島県鹿児島市で生まれました。

兄弟は7人で稲盛さんは次男だったそうですが、子供の頃はとても泣き虫で、一度泣くとなかなか泣き止まなかったと言います。

実は泣き虫だったなんて、なんだか意外な一面ですよね!

父親の畩市(けさいち)さんは印刷工場「稲盛調進堂」を経営していたので、稲盛さんの遊び場となっていたそうですよ。

しかし、当時は戦争中だった為、空襲により実家が焼失してしまったそうです。

学歴

稲盛さんの出身学校は次の通りです。

参考サイト:稲盛和夫OFFICIAL SITEより

・小学校
西田尋常高等小学校
(現在は鹿児島市立西田小学校)

・中学校
私立鹿児島中学校
(現在の鹿児島高等学校)

・高等学校
鹿児島市高等学校第3部
(現在の鹿児島玉龍高等学校)

・大学
鹿児島県立大学
(現在の鹿児島大学)

小学校卒業後は、地元にある名門中学校を受験しますが失敗してしまいます。

その後、再度受験しますが合格できず2度の失敗を経験しました。

また、大学受験でも大阪大学の医学部を受験したそうですが失敗してしまったため、鹿児島県立大学工学部応用学科で「有機化学」を学んでいたそうです。

順風満帆な人生を想像していましたが、稲盛さんにもこのように失敗を繰り返していた時代があったようですね。

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経歴

稲盛さんは鹿児島の大学を卒業後、就職の為に京都へ行きました。

大学卒業後からの経歴はこちらです。

参考サイト:稲盛和夫OFFICIAL SITEより

<1955年~1958年>
碍子(がいし)メーカー松風工業

<1959年>
京都セラミック(現在の京セラ) 創業

<1966年>
京都セラミック 代表取締役社長 就任
※1997年から取締役名誉会長・2005年からは名誉会長

<1969年> 京都セラミック株式上場

<1973年>
日米合併企業ジャパンソーラーエナジー(JSEC)設立

<1984年>
民間初のDDI(第二電電)を設立
代表取締役会長に就任
※後にKDD・日本移動通信と合併して「KDDI」となる

<1988年>
日本セラミックス協会会長 就任

<1998年>
複写機メーカー三田工業の支援表明

<2000年>
同社を「京セラミタ株式会社」に商号変更・京セラの子会社とする
※更生計画(9年の予定)を2年間で達成

<2001年>
KDDI 最高顧問就任

<2010年> 日本航空会長 就任(無報酬)
※2015年から名誉顧問

<2012年> 日本航空が再上場・再建させる

こちらの経歴は一部のご紹介となっております。

他にも、若手経営者を育成する「盛和塾」の塾長を務めたり、児童福祉施設の建設、政界でも大きな影響力を持っていたそうです。

編集:稲盛 和夫, 編集:京セラコミュニケーションシステム
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受賞歴

稲盛さんは数々の賞も受賞されていますよ。

<1972年>
第18回大河内記念生産特賞

<1984年> 紫綬褒章

<1995年>
第45回「電波の日」郵政大臣表彰通信発明百周年記念賞

<1998年> 京都市自治百周年特別表彰

<2001年> 京都市市民栄誉賞

<2005年>
全国日本学士会アカデミア賞

<2009年> 世界起業家賞

<2012年>
第2回孔子文化賞(世界孔子協会)

<2018年> 紺綬褒章飾版 賞杯

<2019年>
鹿児島県「名誉県民」第1号

<2020年> 紺綬褒章飾版 木杯

こちらも一部のご紹介ですが、他にも海外でも稲盛さんの功績が評価されていました。

まとめ

稲盛和夫さんの死因や過去の病気、生い立ち、エピソードについてまとめました。

京セラの創業者で名誉会長を務めていた稲盛和夫さんが、2022年8月24日に京都府のご自宅で亡くなられました。

稲盛さんの年齢は90歳で、死因は老衰だったという事です。

稲盛さんは過去に胃ガンを患っていたこともあり、死因は病気やガンの再発ではないかと言われていました。

しかし、ガンが再発したという情報はなくご年齢を考えても老衰のために亡くなられたと考えます。

稲盛さんは京セラやKDDIの設立、日本航空の再建など、数々の経営に関わって功績を残されましたが、過去には受験に失敗するなどの経験もしていました。

稲盛和夫さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

最後までご覧くださってありがとうございました。

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